【織田哲郎】娘は歌手だった!?結婚した嫁や経歴は?強盗事件の真相も!

11/11 (月)放送の「名医のTHE太鼓判!SP」に出演する織田哲郎さん。
そんな織田さんを過去襲った「強盗事件」の真相とは!?
また、結婚した奥様や歌手として活躍する娘さんについてもまとめてみました。
織田哲郎のプロフィールと経歴
芸名 織田哲郎 (本名 濱田哲郎)
生年月日 1958年3月11日
出身地 高知県
カテゴリー 歌手、作曲家、プロデューサー
活動開始 1978年
所属レコード会社 キングレコード
所属事務所 T‘sCORPORATION
織田哲郎さんは1990年代に小室哲哉さんと並んでヒット曲を量産していた作曲家です。
1986年に「TUBE」に「シーズン・イン・ザ・サン」の楽曲を提供。
この作品をきっかけに、作曲家として注目を集めるようになりました。
1990年にはアニメ「ちびまる子ちゃん」の主題歌「おどるポンポコリン」を作曲。
同曲は「B.B.クィーンズ」に提供され、初のミリオンセラーとなりました。
1993年からは大ヒット曲「負けないで」や「揺れる想い」などを「ZARD」へ提供。
同時期の「世界中の誰よりきっと」や「このまま君だけを奪い去りたい」もヒットしています。
その後も相川七瀬さんの「夢見る少女じゃいられない」を始め、
「恋心」や「トラブルメイカー」などの大ヒット曲を次々と量産しました。
そして今ではJ-POPS界には欠かせない作曲家として活躍しています。

出典:billboard
織田哲郎が巻き込まれた強盗事件とは?
2000年に日本を離れ、スペインに滞在していた織田哲郎さん。
そこではなんと、強盗に襲われてしまうという悲劇に巻き込まれています。
幸い命に別条はなかったものの強盗に首を絞められたため喉を潰してしまうことに。
声帯の骨が歪み、医師から「声は戻らない。」と残酷な宣告を受けています。
その後、喉のリハビリを懸命に続けるも人前で歌うレベルまでには回復しませんでした。
しかし諦めずに歌い方に工夫を加えた結果、イベントで歌声を披露するまでに至っています。
織田哲郎の嫁はどんな人?
織田哲郎さんはすでにご結婚されているようです。
しかし私生活はあまり公表していないため、お相手についてわかりませんでした。
噂では若い頃に結婚し、すでに離婚しているとも言われていますがその真相は不明とのこと。
そんな織田さんは「おどるポンポコリン」が発売された頃に、
「小学生だった娘にこういう曲はどうかと考えた」
と語っていたことから、どうやら奥様との間に娘さんがいることがわかりました。
娘は歌手の織田かおり?
織田さんの娘さんについて調べてみると、歌手をしているという噂を見つけました。
その人物はアニソン女王として有名な織田かおりさんだと言われています。
織田かおりさんは神奈川県出身で、「かおちゃん」という愛称で今人気急上昇中。
お顔を拝見するとくるっと大きな目元や鼻筋が織田さんに似ているような印象ですね。
かおりさんは2005年のまだ高校生だった時に梶浦由記さんのソロプロジェクトに参加。
このことをきっかけに歌手としてデビューを果たしています。
また、ただ歌唱力が高いだけではなく、可愛らしいルックスも人気を博しているそう。
早くからその才能を買われ、個人ではシンガーソングライターとしてキャリアを積んでいます。
また作詞も担当することもあるそうで、織田さんの才能を引き継いでいることがわかりますね。
もし本当の親子だったならば、いつか共演している様子をみてみたいです。
まとめ
今回は歌手、そして作曲家の織田哲郎さんについてまとめてみました。
娘は歌手の織田かおりさんだと言われていましたがその真相はどうなのでしょうか?
今後明らかになることを楽しみに、その活動を応援していきたいと思います。