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【中井貴一】の父親は【佐田啓二】!事故死の真相は?家族構成まとめ

 
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俳優として活躍している中井貴一(なかい・きいち)さん。

今度の「直撃!シンソウ坂上」に出演し、ご両親についてお話しされるそうです。

そんな中井さんの父親は俳優の佐田啓二さんですでに不慮の事故でこの世を去っています。

そんな父親・佐田啓二さんとはいったいどんな人物だったのか。

番組の予習として経歴や衝撃の死因、母親についてもまとめてみました。

 

中井貴一のプロフィールと経歴

 

 

名前:中井貴一

生年月日:1961年9月18日

出身地:東京都

血液型:A型

身長:181cm

所属事務所:オフィス貴貴

 

名優・佐田啓二(さだ・けいじ)の息子として生まれた中井貴一さん。

父の17回忌の法要の時にスカウトされ、芸能界に入りました。

そして1981年公開の映画『連合艦隊』に出演し、俳優デビュー。

ちなみに同作品では『日本アカデミー賞』新人俳優賞を受賞しています。

 

 

それからは主演・助演問わず数多くの作品に出演し、名実相ともなう俳優に。

そして今月13日には主演映画「記憶にございません!」が公開されます。

同作は脚本を三谷幸喜氏が担当し、“政界”を舞台にした物語として注目を集めています。

現在ではバラエティ番組やナレーションを担当するなど、マルチに活躍しています。

 

 

 

 

中井貴一の家族は?

 

ドラマや映画での活躍が目覚ましく、俳優として有名な中井貴一さん。

そんな彼の父親とお姉さんも芸能界で活躍していました。

父親は先述した通り、俳優の佐田啓二さんといい、

1940年代後半から1960年代にかけて名俳優として活躍していました。

 

 

佐田啓二のプロフィールと経歴

 

 

本名:中井寛一
生年月日:1926年12月9日
出身地:京都府京都市
血液型:A型
身長:171.2cm
活動内容:俳優
事務所:松竹

 

佐田啓二さんは1962年に京都府京都市で生まれました。

その後「京都市立第二商業学校」を卒業し、「早稲田大学政治経済学部」に入学。

学生時代には松竹に所属していた俳優の佐野周二の家に下宿していたといい、

その縁で卒業後には「松竹大船撮影所」に入社しています。

ちなみに芸名は佐野周二の佐と二を譲り受けて名付けられたそうです。

 

出典:i-article

 

入社2年目の1947年には映画「不死鳥」で田中絹代さんの相手役に抜擢。

この映画が評判となり20歳の若さでスターの地位を確立しました。

また、甘いマスクのイケメン俳優だったということで一気に人気が加速していきます。

それ以降も映画「鐘の鳴る丘」に主演で登場したりと活躍。

そんな佐田さんの人気を不動のものにしたのが1953年の映画「君の名は」です。

同作では名女優・岸恵子さんと共演し、大ヒットを飛ばしました。

その後、1965年には映画「あなた買います」に出演。

同作で「キネマ旬報賞主演男優賞」「ブルーリボン賞主演男優賞」などを受賞しています。

 

 

 

中井貴一の母親&姉について

 

佐田さんはプライベートでは同じ京都府出身の益子さんと結婚

 

 

長男に中井貴一さん、そして長女に中井貴惠さんと2人の子どもをもうけています。

中井さんの姉・中井貴惠さんは女優やエッセイストとして活躍。

1978年の「早稲田大学」在学中に、映画『女王蜂』のヒロインに抜擢されています。

 

 

そしてこの作品で芸能界デビューし、多くの新人賞を受賞しました。

また1982年の映画『制覇』で『日本アカデミー賞』助演女優賞を受賞。

さらにエッセイストとしても活躍し、現在は各地で講演なども行っています。

そして中井さんの母・益子さんは残念ながら2016年に87歳で亡くなっています。

 

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中井貴一の父親・佐田啓二の死因は?

 

そんな佐田さんは1964年8月17日に交通事故で亡くなっています

すぐに病院に運ばれましたが、享年37歳という若さで息を引き取りました。

そして死因となった事故ですが、ドラマ「虹の設計」の収録に参加する道中だったそう。

車には4人が乗っており、佐田さんは後部座席に座っていました。

そして事故は運転手が無理に前の車を追い越そうとしたことに原因があったと報道。

葬儀は同年の8月22日に青山葬儀場にて行われ、約1000人が参列しました。

そして中井貴一さんは当時まだ3歳でしたが、その時の記憶は残っているそう。

 

 

ある番組に出演した中井さんは父親の死について次のように語っています。

同じ仕事をやって2、30年くらい経つんですけど、

なんか(佐田啓二さんは)俳優としてはふわっと咲いて、ふわっと散ったっていう。

美しいまま、みなさんの中に残像として残っているっていうのは、

まあ、ある意味、子供としては生きててほしかったけど、

俳優としてはいい人生だったのかなと思うようになったりしましたね。

こう同じ仕事をしていると比較されたりとか、「お父様を抜いたね」とか、

「お父様まで、まだまだだね」っていわれるんですけど、僕の中では一生、

父親を抜けることはないだろうなっていう風に思いますね。

自分が1歩進むと、心の中で親父は2歩進んでるって感じはありますね。

この言葉から父親の存在が、彼の中でどれほど大きかったのかがうかがえます。

 

 

まとめ

 

今回は俳優の中井貴一さんについてまとめてみました。

父親は俳優として一斉を風靡した佐田啓二さんで不慮の事故でお亡くなりになっています。

当時はまだ3歳だった中井さんでしたが、それでも父親の存在は大きいと語っていました。

そんな父親のようにこれからも俳優やタレントとして活躍し続けてほしいですね。

今後の中井さんの活動を応援していくと共にまとめを終わらせていただきます。

 

 

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