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【熊木杏里】の経歴は?対人関係に悩み!?結婚相手&子供情報もまとめ

 
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はじめまして。 当ブログ「とり芸能速報」を運営しております、管理人です! 私自身はあまり、ブログを書きませんが 様々なジャンルで事業を行っています! ユーザー様に得となる情報をお届けする為に今後も情報発信して参ります!

 

12/26 (木)放送の「クリスマスの約束2019」に出演する歌手の熊木杏里さん。

2013年に結婚と妊娠を発表し、多くのファンから祝福を受けていました。

そんな彼女が学生時代に対人関係に悩み、苦しんだ経験を告白。

その解決法や経歴、プロフィールなどの気になる情報をまとめてみました!

 

熊木杏里のプロフィールと経歴

 

 

名前:熊木 杏里

生年月日:1982年1月27日

出身地:長野県更埴市(現・千曲市)

身長:153cm

血液型;B型

出身高校:関東国際高等学校

出身大学:目白学園女子短期大学

職業;シンガーソングライター、作曲家

事務所:ワーナーミュージックエージェンシー

 

1982年1月27日長野県更埴市(現・千曲市)に生まれた熊木杏里さん。

名前の由来は地元の観光名所「あんずの里」という名所に由来しているそうです。

ちなみに愛称は「あんりこ」と呼ばれており10歳からは東京都へ移住しています。

2001年3月に日本テレビで放送された『嗚呼!バラ色の珍生!!』の歌手オーディションに参加。

最終プレゼンで「時計」を歌唱し、5210人の応募者の中からグランプリを獲得しました。

2002年2月21日にはシングル『窓絵』でメジャーデビュー。

よく年2003年3月26日に1stアルバム『殺風景』をリリースしています。

 

 

そして同年にはNHK連続テレビ小説『こころ』劇中挿入歌「ヒトツ/フタツ」を担当。

2004年11月にはドラマ『3年B組金八先生』劇中挿入歌「私をたどる物語」が使用されました。

2005年2月23日に「キングレコード」に移籍し、再スタートを切った熊木さん。

そこでは第1弾作品として2ndアルバム『無から出た錆』をリリース。

2006年8月には資生堂企業CMに楽曲「新しい私になって」を提供すると、

翌年の第47回ACC CMフェスティバルにおいて特別賞ベストサウンズに選ばれました。

2007年2月21日にはシングル『春の風』をリリース。

同曲は映画『バッテリー』主題歌に起用され、各方面から話題を呼んでいます。

2007年4月にはNHKドラマ『病院のチカラ〜星空ホスピタル〜』の主題歌に起用。

この時の楽曲「最後の羅針盤」は着うたの配信限定曲として発表され、

同年10月24日にリリースされたアルバム『私は私をあとにして』でCD音源化されました。

 

 

2007年5月にはドラマ『奇跡の動物園 2007 ~旭山動物園物語~』の主題歌を担当。

この「朝日の誓い」はその後ユニクロ『Wide Leg』CMソングにも採用されました。

2008年5月にはユニクロ「ブラトップ」CMソングとして「夏の気まぐれ」が採用。

2009年にはJRAテーマソングに「雨が空から離れたら」が使われています。

近年では2011年の新海誠監督作品『星を追う子ども』の主題歌に起用。

2011年10月に「ワーナーミュージック・ジャパン」に移籍することを発表しています。

2011年10月には『土曜ワイド劇場』の9代目エンディングテーマ曲を担当。

2012年2月にデビュー10周年を迎え、7thアルバム「光の通り道」をリリースしました。

 

 

熊木杏里の結婚相手はどんな人?

 

2013年3月31日に一般男性と結婚し、妊娠していることを発表した熊木さん。

「私熊木杏里は入籍をさせて頂き、また新しい命を授かりました」と、報告しています。

旦那さんについては一般人としか明かしておらず、その素性は不明です。

 

 

今後については引退せずに歌手活動を続けていくとし、

「不安もありますが、これからもシンガーソングライターとして、

歌い続けて行くことを胸に頑張ります 皆さんの力を貸してください」

とファンに向けて報告しています。

また、「ライブ会場で温かくおめでとうと言って頂いてとても嬉しかったです」

と綴り、喜びそして幸せにあふれたメッセージを寄せていました。

 

熊木杏里の子供は?

 

2013年に結婚報告とともに、妊娠発表もしていた熊木さん。

同年9月28日に3878グラムの第1子を出産したことを発表しています。

熊木さんは「まだ疲労中の私ですが 母子共に元気です」と現在の様子を綴り、

「しばらく母に専念しますがまた歌える日を子供のためにも迎えるべく、頑張ります!」

と今後についてやその心境を明らかにしています。

 

 

翌日のブログでは「祝でございます」と題し、

「9月28日、夜7時7分ラッキーセブンな時間を待っていたのか…無事出産しました

皆さんどうもありがとうございました。

やっとだ 会えました 姿、顔、泣き声、体温を確認したときは、安堵の涙が出ました」

とわが子との初対面の感想を振り返っています。

また、3,878グラムのビックベイビーだったこともあり、

「私の身体にこの子が!と思いましたが 助産師さんたちも驚愕していました笑」

と明かした熊木さん、今後しばらくは育児に専念すると報告しています。

ちなみにお子さんの性別やお名前などは公表されていません。

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熊木杏里が対人関係に悩んだ日々とは?

 

生まれたのは長野県更埴市ですが上京して女子校に入学した熊木さん。

しかし、入学先の学校ではクラスに馴染めず、辛い日々を送っていたと言います。

そして最初は「自分が人に気持ちを伝えられなくなるなんて」と戸惑ったそう。

なんでも長野にいるときはもっと明るく元気な性格だったようです。

このように他人とうまくコミュニケーションが取れず、悩んでいた彼女。

そんなときに父からタレントスクールに通うよう勧められ、入所します。

 

 

そこで自分の思いを言葉にするという作業をし、少しづつ歌詞を製作。

そしてこの対人関係に悩んできた経験は今の活動にも大きく影響し、

自他かかわらず“存在”を問い直した詞が多く、今では彼女の代名詞となっています。

 

まとめ

 

今回は歌手の熊木杏里さんについてまとめてみました。

実は高校時代に対人関係に悩んできたことを告白。

しかし、その時の心境を歌詞に乗せ、多くの人の支えになっています。

そしてこれからも素敵な歌声を披露し続けてほしいと思います。

 

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