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【YOSHIKI】KIMONOで世界へ!ルーツは呉服屋だった!

 
zucchi55
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伝説のロックバンド『X JAPAN』のドラマー兼ピアニストのYOSHIKI。

メンバーの中で、最もカリスマ性が高く、世界的にも著名。

多方面で、その才能を発揮しています。

そのひとつ、デザイナーとして、また大きな仕事を成し遂げました。

世界5大ファッション・ウィークのひとつ「ファッション・ウィーク東京」。

そこで自身の着物ブランド「YOSHIKIMONO」の新作を披露しました。

 

着物ブランド「YOSHIKIMONO」

 

 

YOSHIKIが持つブランド『YOSHIKIMONO(ヨシキモノ)』。

その名の通り、着物のブランドです。

日本古来の伝統衣装の『着物』とグローバルな視点を持つYOSHIKIの世界の融合。

斬新なデザインながら、伝統を重んじる『和の心』。

『YOSHIKIMONO』は、新しい日本の文化となるかもしれません。

 

KIMONOがラグビーW杯で話題に!

 

2019年はラグビーのワールドカップが日本で開催されました。

その開会式で、『KIMONO』が全世界から注目されるように。

元々、『KIMONO』は日本独特の文化として世界各国に知られていました。

その一方で、日本では「古い」というイメージ。

ところが、このワールドカップの開会式で日本人の中でも『着物』人気が急上昇中。

そこに目をつけたYOSHIKI、さすがです。

 

日本の伝統とロックとアニメの融合

 

 

「ファッション・ウィーク東京」のオープニングを飾った、YOSHIKIが手掛ける着物ブランド『YOSHIKIMONO』。

ステージではYOSHIKIのピアノ演奏とともにショーがスタートしました。

 ショーは雷鳴のようなとどろきと共にスタート。パリをはじめ世界のファッションウィークにモデルとして出演するユミ・ランバート(Yumi Lambert)がファーストルックで登場し、着物を洋服のように着付けたドレスキモノを披露した。カラフルな模様や繊細なラメといったエレガントな素材に、メタリックカラーやドクロモチーフといったロックテイストを注入。後半は着物が登場し、「マーベル(MARVEL)」とコラボレーションして制作したYOSHIKIが主人公の漫画「ブラッド・レッド・ドラゴン(Blood Red Dragon)」や、諫山創の漫画「進撃の巨人」のモチーフが目を引いた。最後は裏地が真紅の打掛をまとったモデルがYOSHIKIのピアノ演奏に合わせてランウェイを歩き、天井から赤い花びらが舞い落ちてフィナーレに突入。YOSHIKIがモデルたちの先頭に立って深く礼をして幕を閉じた。

FASIONSNAP.COM

ロックと日本の伝統『着物』、そして同じく日本が誇るアニメの世界。

『日本』を世界にアピールする絶好の機会であるこのファッションショー。

YOSHIKIはその役割を立派に果たしたと言えるでしょう。

 

YOSHIKIのプロフィール

 

 

以下は、YOSHIKIのプロフィールです。

YOSHIKI

出生名:林 佳樹(はやし よしき)
別名:五十嵐美由姫・立花香流・橘朋実・白鳥瞳・白鳥龍・白鳥麗
生誕:1965年11月20日(53歳)
出身地:千葉県館山市
ジャンル:ハードロック・ヘヴィメタル・ハードコア・トリップホップ・ポップ・クラシック
職業:ミュージシャン・ドラマー・ピアニスト・キーボーディスト・ソングライター・編曲家・音楽プロデューサー・実業家・起業家・ファッションデザイナー・ラジオパーソナリティ
担当楽器:ドラムス・ピアノ・キーボード・ギター・シンセサイザー
活動期間:1989年 – 現在

ウィキペディア(Wikipedia)

プロフィールを見ても、その多彩さがよくわかります。

YOSHIKIって、いったい何が本業なの?といった感じです。

 

意外!呉服屋の長男!

 

 

あまり知られていませんが、実は、YOSHIKIは呉服屋の長男です。

1965年11月20日に、千葉県館山市の老舗呉服店を営む家庭の2人兄弟の長男として生まれる。

ウィキペディア(Wikipedia)

見た目・ファッション・仕事・言動、どれを取っても『着物』とは結びつかないイメージ。

今のところ、後を継ぐということは無いようです。

 

日本の伝統を守る心

 

出典:SANSPO.COM

 

呉服屋の長男に生まれ、物心ついたときから日本の伝統工芸品ともいえる着物に囲まれる毎日を過ごしてきたYOSHIKI。

実は、心の根底には誰よりも日本を愛し、伝統を引き継ぐ思いをもっているのではないでしょうか。

世界を股にかけるような仕事をしているからこそ、古き良き日本の伝統を世界に伝えたい、そういう思いに突き動かされてきたのでしょう。

今回のイベントは、そんなYOSHIKIにはうってつけの舞台。

まさに、この時を待っていたのかもしれません。

 

実は音楽一家

 

 

YOSHIKIの実家は呉服屋ですが、その一方で音楽一家でもあります。

父はジャズ・ピアノ、母は三味線、叔母は琴の演奏を嗜むなど音楽的な一面があった。また、父は先代から家業を継ぐまでプロのタップ・ダンサーであった。現在マネージメントを行っているのは5つ歳の離れた弟で元俳優の光樹。

幼少期は仕事で忙しい両親に代わり、主に家政婦が兄弟の面倒を見ていた。4歳になると父からピアノを買い与えられ、自宅そばのピアノ教室でクラシック・ピアノのレッスンを受け始める。日頃から父が購入するクラシック音楽のレコードを好んで聴き、8歳の時にシューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」とベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調「運命」が収録されたレコードを初めて自分の小遣いで購入した。

ウィキペディア(Wikipedia)

呉服屋を継ぐ身ながら、ジャズ・ピアノを嗜み、プロのタップダンサーとして活動していたYOSHIKIの父親。

YOSHIKIの多才なところと、発想の奇抜さは、両親と家庭環境の影響だったのです。

ひとつのことを突き詰めていくのも尊いことです。

しかし、大きな視野を持ち、興味を持ったことを全てやってみるということも、大切なこと。

それを自分の息子に実践させてみたYOSHIKIの両親は素晴らしい人です。

 

まとめ

 

 

世界5大ファッション・ウィークのひとつ「ファッション・ウィーク東京」。

X JAPANのYOSHIKIが、自身の着物ブランド『YOSHIKIMONO』の新作を披露。

日本の伝統美を見事に表現したこのイベント。

またひとつ、YOSHIKIの素晴らしい才能に世界中が魅了されました。

一見、真逆のように思える『着物』とYOSHIKI。

しかし、意外な接点がありました。

実は、YOSHIKIは呉服屋の長男。

幼い頃から『着物』は、とても身近な存在。

およそ日本人らしくない外見のYOSHIKI。

実は、誰よりも日本の心を継承する世界的アーティストなのかもしれません。

今後のYOSHIKIの活躍から目を離せません。

 

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