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【滝沢秀明】極貧時代を告白!ジャニーズじゃなくても良かった??

 
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2018年12月28日放送のTBS「金スマ」で滝沢秀明さんが、幼少期の極貧時代について初告白したと話題になっています。

現在の美しい姿からは想像もできない凄惨な過去を送って来たようです。

ジャニーズにも、お金を稼ぐために入ったとのことです。

  1. 滝沢さんの極貧時代のエピソードとは?
  2. ジャニー喜多川さんとの出会いのエピソードとは?
  3. 滝沢さんの母親とはどんな人なのか?

詳しく調べてみました。

 

滝沢秀明プロフィール

出典:RANK1

 

氏名:滝沢 秀明
生年月日:1982年3月29日(36歳)
出身地:東京都八王子市
身長:169㎝
血液型:A型

1995年、自ら履歴書を送り、13歳でジャニーズ事務所に入所

1998年、鈴木保奈美主演のフジテレビ系ドラマ「ニュースの女」に出演し、注目を浴びる。

1999年、TBS系ドラマ「魔女の条件」で松嶋菜々子とW主演し、話題となった。

2002年、今井翼と”タッキー&翼”としてCDデビュー。

2018年、三宅健と新たなデュオ”KEN☆Tackey”としてCDデビュー。

2018年9月、2018年末で芸能活動から引退し、後進の指導に専念することを公表

”タッキー&翼”としての活動も9月10日付で終了。

 

極貧生活のきっかけは両親の離婚?!

「金スマ」に出演した滝沢さんは、幼少期の極貧生活を初告白しました。

自分の中で封印していた過去なので。この番組で初めて晒します。

滝沢さんは3人兄弟の末っ子として生まれたそうです。

そして、滝沢さんが幼稚園の時に両親が離婚。

父親が家を出ていってから極貧生活が始まったそう。

滝沢さんは父親について、「父親からは子どもながらにわかりやすい愛情を受けた記憶はない」と語っています。

鉛筆や消しゴムなどの、学校で必要なものも買えなかったとおっしゃっています。

衣服を買うお金が無かった為、冬でもタンクトップに短パンだったそう。

母親が仕事で帰ってこれない日は食べるものもなく、兄弟3人で1つのお菓子を分け合って食事にした日もあったそう…

 

滝沢さんはテレビで極貧時代について話すことはこれまでありませんでした。

しかし、「One!ーthe history of Tackeyー」という自叙伝的舞台では、滝沢さん本人が当時の極貧生活を演じて話題になりました。

そして滝沢さん本人の口からではなく、ジャニー喜多川氏が、滝沢さんは幼少時代に苦労したと話すことがありました。

そこで話されたエピソードは以下のような話です。

滝沢が生まれたのは病院のベッドではなく病院の待合室のベンチ。

母親がシングルマザーで経済的に苦しかった為、餃子の皮の中に、肉ではなくツナ缶を入れたという話はジャニーズ内で有名。

滝沢さんの苗字について

滝沢さんはジャニーズ事務所入所当時、「指田秀明」と名乗っていたそうです。

滝沢さんのお母さんが離婚したこともありました。

「指田」は滝沢さんのお母さんの旧姓だったのです。

その後、滝沢さんのお母さんが「滝沢」という性の男性と再婚しました。

その為、現在の「滝沢秀明」という名前になりました。

 

 

生活費のためにジャニーズ受験?!

そして滝沢さんは、貧しい生活に耐えかねていました。

3人兄弟の末っ子でありながら、次のように考えました。

どうやったら働けるんだろう?

(お金が稼げるなら)どこでもいい。

つまり、ジャニーズじゃなくてもお金が稼げればどこでもよかったのです。

子供でも稼げる仕事を色々と考えて、プロレスラーになろうとしたこともあったそうです。

 

滝沢さんはインタビューなどでは、「Kinki Kidsの堂本光一さんに憧れて履歴書を送った」と言っています。

しかし、それは実際には、自分が堂本さんに憧れたのでは無いのです。

滝沢さんのお姉さんが堂本さんのファンで、芸能界なら若くてもお金が稼げると考えたのです。

 

「金スマ」で滝沢さん自らが語った内容からすると、滝沢さんは人と話すことが苦手な大人しい子でした。

そんな大人しい子が、人前に出る仕事をすると決断しなくてはならない程、金銭的に苦しかったのでしょう。

 

ファンの手前、貧乏を抜け出せるのならどんな仕事でも良かった、とは言えなかったのでしょう。

そして滝沢さんは若干、13歳でジャニーズ事務所に自ら履歴書を送りました。

 

 

ジャニー喜多川との衝撃の出会い?

オーディションを受けた滝沢さんはジャニー喜多川氏と衝撃の対面を果たします。

その時のジャニー喜多川氏の様子を滝沢さんは次のように語っています。

ボロボロの服を着て、オーディションが終わるときに「僕がジャニーズです」って。

「ジャニーです」って言われても誰だろう?って。

しかし、ジャニーズ事務所に合格が決まり、ジャニー喜多川氏に目を掛けてもらうようになります。

滝沢さんはジャニー喜多川氏から、演出のことから生活の規律まで、様々なことを教わったと言います。

時には、仕事の方向性での違いから、滝沢さんがジャニーさんに怒りをぶつけることもあったそう。

しかし、その頃、滝沢さんはジャニー喜多川氏に父親の存在を初めて感じたそうです。

小さい頃に学ばなきゃいけないことを1から教えてくれた人。

どこかで“オヤジ”っていうのはこういう存在なのかなと思った。

そして次第に、ジャニー喜多川氏にとっても滝沢さんは特別な存在になっていったそうです。

嵐がCDデビューし、ジャニーズJr.から抜けた際には、今後のジャニーズJr.をどうまとめるかを2人で話し合ったそうです。

 

 

滝沢さんの母親はどんな人?

滝沢さんの母親の話題が出るのは、実は「金スマ」が初めてではありません。

2016年7月8日に放送されたTBS系トークバラエティー「A-Studio」で、滝沢さんは母親について語る場面がありました。

とても明るい方らしく、いつも下ネタを言っては家族を笑わせているそうです。

滝沢さんはあまり芸能人と仲良くしないそうですが、お母さんは芸能人と直ぐ仲良くなるそうで…

うちのお母さん芸能人の友達多くて。

気づいたら実家に色んな芸能人の方が集まってるんですよ。

と語っていました。

 

「A-Studio」では、そうした明るい側面しか語られなかったのですが、今回の「金スマ」では、女手独りで3人の子供を育てた苦労人の面も明かしました。

滝沢さんがJr.時代に、精神的に参ってしまい、母親に「もうジャニーズを辞めたい」と伝えた際、とても優しかったそうです。

いいよ。辞めてすぐに帰ってらっしゃい。

とお母さんは声を掛けたそうです。

しかし、滝沢さんは直ぐに立ち直り、またジャニーズで頑張っていたそうです。

滝沢さん程の人格者でも、時には誰かにすがりたい時があったのですね。

そうした時に、いつも明るく且つ優しく迎えてくれた存在が、滝沢さんのお母さんだったのです。

 

「金スマ」では2018年一杯で芸能界から引退する滝沢さんへのお母さんのメッセージが送られました。

秀明へ。

23年間、本当に、本当にお疲れさまでした。

愚痴や不満を言わずに頑張ってこれたことが素晴らしいと思います。

また新たな使命を頂けたことに、感謝を忘れず、今までお世話になった方に恩返しをする思いで、また新たに頑張ってくださいね。

お母さんは、滝沢さんをずっと優しく見守っていたのですね。

 

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まとめ

辛い時代を乗り越えて、ジャニーズ事務所には欠かせない存在に成長した滝沢さん。

2018年末には引退が迫っています。

しかし、これからは裏方として、ジャニー喜多川氏と共に、ジャニーズを盛り上げていって下さることでしょう。

そんな滝沢さんが初めて裏方としてプロデュースしたお仕事については、下記の記事に詳しく乗っていますので、是非、お読みください。

 

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