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【岡村孝子】元旦那は?連帯保証人で借金苦?あみんの解散理由とは?

 
zucchi55
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1982年女性デュオ「あみん」としてデビューし、一世を風靡した岡村孝子。

「あみん」活動休止後もソロとして活動。

『夢をあきらめないで』が大ヒットしました。

その岡村孝子が、白血病であることを公表。

治療に専念、ツアーの中止という事態に。

デビューして数年間は順風満帆だった岡村孝子ですが、その後は、長い低迷期。

順調とはいえない波乱万丈の日々を追ってみました。

 

岡村孝子のプロフィール

 

出典:BARKS

 

岡村孝子のプロフィールは次の通り。

岡村 孝子
出生名:岡村 孝子
生誕:1962年1月29日(57歳)
出身地:愛知県岡崎市
学歴:椙山女学園大学中退
ジャンル:J-POP
職業:シンガーソングライター

ウィキペディア(Wikipedia)

「あみん」は当時、現役女子大生だったデュオ。

透き通った声と抜群の歌唱力、きれいなメロディラインで女性を中心に大人気でした。

 

元・旦那は誰?

 

 

「あみん」活動休止後、ソロ活動をしていた岡村孝子は、1997年に結婚。

お相手は、当時プロ野球チーム「読売ジャイアンツ」の内野手だった石井浩郎。

ふたりのなれそめは、岡村孝子の大ヒット曲『あなたの夢をあきらめないで』。

石井浩郎が大ケガをしてリハビリ中のこと。

野球が出来ず、落ち込んでいた石井浩郎に当時のチームメートだった野茂英雄が一本のテープを渡しました。

そのテープに録音されていたのが『夢をあきらめないで』。

その歌詞に励まされ、石井浩郎はケガを克服しました。

すっかり岡村孝子のファンになった石井浩郎。

感謝の気持ちを伝えようと、コンサートの楽屋を訪ねました。

このことがきっかけで交際に進展し、ゴールイン。

キューピッドは、野球界のレジェンド野茂英雄ということになりますね。

 

離婚原因は?

 

 

こうして、幸せいっぱいの結婚をしたふたりでしたが、意外と早く破局。

2003年に離婚、ふたりの間に生まれた当時4歳の長女は岡村孝子が引き取りました。

離婚原因は、仕事を続けていた岡村孝子が、石井浩郎の健康管理などのサポートが出来なかったこと。

石井浩郎の浮気・DVなどと噂されました。

しかし、具体的には何も語られず。

いまだに、はっきりとしたことは当事者以外わかりません。

 

父親が破産!?

 

 

岡村孝子の父親は、元岡崎市議会議員。

タクシー会社を経営していましたが、地元に大きなホテルを経営、娘の岡村孝子が取締役のひとりに。

しかし、このホテルの経営はうまくいかず、融資の返済が滞るようになってしまいました。

 

イメージと真逆!!

 

 

ホテル経営といっても、このホテルはいわゆる『ラブホテル』。

デビュー以来、「清純派シンガーソングライター」として活動していた岡村孝子とは真逆のイメージ。

そのため、芸能人の父親が経営という宣伝効果は全く使えませんでした。

 

なぜ?借金苦に

 

 

岡村孝子の父親は、ホテル経営のために地元の信用金庫から多額の融資を受けていました。

しかし、経営不振で返済できず、借金を抱える羽目に。

岡村孝子のネームバリューで何とかならないかと考えたようです。

「岡村孝子プロデュースのラブホテル」として宣伝効果をねらいましたが、失敗。

やはりイメージが違い過ぎました。

結局のところ、大した収益もあげられず、経営破綻したようです。

これにより、連帯保証人となっていた岡村孝子は15億円という膨大な借金を背負うことに。

そう簡単に返済できる金額ではなかったようです。

岡村孝子は精力的に仕事をこなし、ますます忙しくなりました。

そういうことから、夫婦の時間はすれ違うように…。

このことも離婚原因のひとつとなってしまったのかもしれません。

 

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「あみん」活動休止理由とは?

 

 

ところで、「あみん」は人気絶頂だったのに、どうして活動休止したのでしょうか。

相方の加藤晴子さんが「不安定な芸能界に身を置くより、学業に専念したい」という考えを持っていました。

そのため、それぞれの道を歩むことになったようです。

1982年春、第23回ポプコンに「待つわ」で出場、5月16日の本選に進出、グランプリを獲得した。

同年7月25日、「待つわ」で日本フォノグラムよりレコードデビュー。1982年唯一のミリオンセラー(102万枚)を記録した。あまりの有名さと分刻みのスケジュールで、大学の授業に出ると教授から「芸能人は来るな」と教室を追い出されたというエピソードもあった。同年12月31日には『第33回NHK紅白歌合戦』に出場した。

1983年4月25日、1枚目のアルバム『P.S. あなたへ…』をリリースした。他のアーティストからの提供曲も歌わせたいというレコード会社側の意向と、できるだけ多く自作曲を歌いたいという当人の意向が衝突し、当初は前年10月にリリースする予定だったものを延期して、あみん側の意向を通し、オリジナル曲中心の構成となった。同年5月から全国6か所で初ツアーも行った。

この頃から、加藤が活動を辞める意思を示した。学業に専念したい、というのに加えて「芸能界は私のいる場所ではない」が動機だった。岡村も加藤に同意した。岡村は後に、「私が半ば強引に誘ってデビューした。ハコ(加藤)の気持ちを尊重したかった。別の人と組んでとレコード会社の人に言われたけど、ハコ以外の人とのあみんは考えられなかった」と振り返っている。

結局、1983年12月18日、愛知県勤労会館のコンサートが最後の活動となった。このコンサートがファイナルであることはあえて公表されず、翌々日の12月20日にリリースしたアルバム『メモリアル』をもって休止ということになっている。

ウィキペディア(Wikipedia)

 

もうひとりのメンバーは今

 

出典: amazon

 

ところで、そのもうひとりの「あみん」加藤晴子さんは、今どうしているのでしょうか。

大学を卒業後、テレビ東京に就職した加藤晴子さんは、その後結婚しました。

しかし、活動を休止した約24年後、「あみん」は活動を再開しています。

活動再開(2007年 – )
2007年6月20日付けでBMG JAPAN(岡村が所属しているレーベルでもある)よりリリースのシングル「ひまわり/待つわ’07」(うち「待つわ’07」は、レコードデビュー曲の新録音)で活動を再開し、同年7月25日にはアルバム『In the prime』をリリース、これに続き同年8月24日から9月15日のコンサートツアー『25th Anniversary “Aming” Concert Tour 2007』を実施した。

同年7月11日にはまた、およそ25年ぶりに「あみん」としてNHK総合テレビの音楽番組『SONGS』に出演し、「夢をあきらめないで」「待つわ’07」「ひまわり」を歌った。番組では、ライブだけでなく、母校である椙山女学園大学星が丘キャンパスを訪問し、互いに宛てた手紙を披露するVTRも挿入され、ある時期から全く別の人生を歩いてきた2人が、さまざまな経験をして再び結成するまでの道のりを描いた。

同年12月19日、1980年代(活動休止前)の発表曲をまとめた『P.P.S. あなたへ…』(デジタル・リマスタリング音源)と、9月15日のコンサートを収録したライブDVD『25th Anniversary Aming Concert Tour 2007 In the prime 〜ひまわり〜』がリリースされた。DVDには、『SONGS』に出演した際に歌唱収録されたままお蔵入りとなった「銀色の少女 〜あみんVersion〜」の映像がボーナストラックとして収録されている。

同年12月31日、『第58回NHK紅白歌合戦』に出場した。年明けに発表された個人別視聴率では、第1部の中で上位5組に入る好記録を達成した。

2008年以降もあみんとして活動中である。

2017年8月5日、第49回思い出のメロディー(NHK総合)に出演し、「待つわ」を披露し、これが、9年ぶりのテレビ(生放送)出演となった。

ウィキペディア(Wikipedia)

 

白血病を公表

 

 

2019年4月、岡村孝子は自身が急性白血病にかかっていることを公表しました。

その治療に専念するため、今後の活動をしばらく休止するようです。

「あみん」の活動休止後、大ヒットした楽曲といえば『夢をあきらめないで』ぐらい。

それでも、離婚・借金苦を乗り越え、昔ながらの根強いファンに支えられながら、活動を続けてきた岡村孝子。

今度は、急性白血病という病魔と闘う日々が。

ちょっとツキのない人生を歩んでいるようです。

 

まとめ

 

 

岡村孝子は、女性デュオ「あみん」としてデビュー。

短い活動期間の末、活動休止しましたが、その後ソロ歌手として再デビュー。

大ヒット曲『夢をあきらめないで』が縁で、当時プロ野球選手だった石井浩郎と結婚。

そのあたりまではよかったのですが、父親がラブホテル経営に失敗。

連帯保証人となっていたため借金苦となり、わずか6年で離婚。

一部の根強いファンからの支持を受けて歌手活動は続けていますが、苦戦しているようです。

それでも頑張っている岡村孝子が、今度は急性白血病にかかっていることがわかりました。

闘病のため、しばらく活動を休止するとのことです。

本人も「必ず戻ってきます」とコメントしているように、病を克服して復活してほしい。

そう祈らずにはいられません。

 

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