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【NMB48・村瀬紗英】プロデューサーに!タレントブランドで成功するには?

 
  2018/09/30
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はじめまして。 当ブログ「とり芸能速報」を運営しております、管理人です! 私自身はあまり、ブログを書きませんが 様々なジャンルで事業を行っています! ユーザー様に得となる情報をお届けする為に今後も情報発信して参ります!

NMBの“オシャレ番長”こと村瀬紗英さんがアパレルブランドのプロデューサーに就任することになった

NMB48の人気メンバー、村瀬紗英さん(21)が、アパレルブランド「ANDGEEBEE(アンジービー)のプロデューサーに就任したことが27日、分かりました。

村瀬さんは以前から同ブランドの服のデザインなどを手がけており、1011日に東京で初の展示会を行い、111日からファッション通販サイトZOZOTOWNで販売をスタートさせる予定です。

村瀬さんは「モデルになった後に自分のブランドを持つ夢があったのですが、飛び越えて、先にブランドを任せていただくことになりました」と胸の内を明かしていました。

村瀬さんはアイドルになってからデビュー7年目で、NMB48のオシャレ番長として活躍する人気メンバーです。

そのファッションセンスの良さはファンの間で「ムラセンス」と呼ばれていることでも有名。

一昨年の2016年6月からは、日本最大級のファッションコーディネートサイト「WEAR」で、ほぼ毎日私服姿の写真を公開し、わずか2年で59万以上のフォロワー数を獲得。

業界屈指のファッションアイドルとして、多くの女性ファンの注目を集めています。

その彼女のセンスの良さと影響力に、同ブランドを持つアパレル会社エックスナインデザインラボが目を付けたそう。

同社は「SNS上の村瀬さんの絶大な支持は、アイドルの枠を超えてファッション界で注目の的」として今回オファーを依頼したといいます。

すでに今年7月からデザイン作業や制作に携わり、20着モデルを完成させたそう。

村瀬さんは「自分の作った服が店に並んで、皆さんが着てくれるのは不思議な感じですが、楽しみです。これを着て、ファッション誌のモデルもできたら最高です」と目を輝かせながら答えていました。

出典: dwango.jp

村瀬紗英(むらせ・さえ)さんは1997年(平9)3月30日、大阪府生まれ。

身長は159センチの小柄な身体ながらスタイル抜群で、2011年6月5日に、NMB48の2期生としてデビューしたメンバーです。

AKB48選抜総選挙は、2017年の39位が最高位で女性ファンも多いことで知られています。

またNMB48内でも女子力が高いメンバーだけを集めた5人組ユニットQueentetにも選抜され、ファッションアイコン的な存在として活躍しています。

このユニットではNMB48の17thシングル、「ワロタピーポー」のカップリング曲として収録されている楽曲「which one」を歌う5人が可愛いと話題に!

そして同年2月にはユニットのフォトブックも発売!!

「which one」というユニット楽曲のMVに出てくる雑誌をイメージしたこの作品は、男女共に楽しめる本として大ヒットしました。

また今年の夏には、AKB48グループと韓国の人気オーディション番組「PRODUCE101」がタッグを組んだグローバルガールズグループ誕生プロジェクト「PRODUCE48」に出演。

各参加メンバーが「グループバトル評価」のパフォーマンスを披露する中、村瀬さんは「日本人挑戦者で一番の美女」として話題になっていました。

容姿端麗で、ファッションセンスという才能も持つ村瀬さん。

今回はファッションブランドのプロデューサーに就任することが決まり、彼女のセンスがさらに爆発しそうな予感です。

タレントプロデュースが流行り!?

近年、村瀬さんのように女性タレントやアイドルがアパレルブランドをプロデュースするビジネスが多いように思いませんか?

タレントが自ら企画し、イメージキャラクターを務め、実際の製作・販売はアパレルメーカーが担当する「名前貸し」的なビジネスや、タレント自らが社長となって会社を立ち上げるなど、さまざまなケースがあると言えます。

これを行うことでタレント自らの知名度やステータスを高めると同時に、副業としての利益も見込めるため前向きに取り組んでいる方が大半ではないでしょうか?

また、現在飽和状態のアパレル業界にとっても、「タレントブランド」は市場に切り込むための有効な手段になっているようですよ。

とはいえ、タレントブランドの世界は「有名人の名前がついていれば売れる」という甘いものではないといいます。

タレントのイメージや人気に加え、デザインや価格帯が消費者から支持されず、必ずしも成功するものではないそうです。

むしろうまくいかないケースの方が多いとされ、ブランドの立ち上げにはかなりのリスクを要するとされています。

ブランドプロデュースで失敗した女性タレント

篠田麻里子さんプロデュース『ricori』

「ricori」は、2013年にAKB48の篠田麻里子さんがプロデューサー兼デザイナーに就任したことが話題となり、デビュー当初から多くの注目を集めたブランドでした。

2013年2月に初の店舗をルミネエスト新宿店に開き、その後梅田のHEP FIVE心斎橋OPAや博多阪急店などに出店するなど、急速な店舗拡大を進めていましたが、心斎橋OPAが苦戦し、オープンから半年で閉店。

この閉店に関しては公式にはアナウンスされず、心斎橋店を訪れた顧客のツイッターでファンが知るなどして情報が広まり、店舗運営のずさんさからこのブランドの先行きが不安視されていたそうです。

その後「ricori」を運営する会社リゴレは7月16日までに事業を停止し、事実上倒産。

今は全店舗のインターネットサイトも閉鎖されています。

2013年2月に新宿ルミネエストに1号店をオープンしていたことから、その活動期間はたったの1年半弱だったということになります。

また、ブランドが閉鎖になってしまった理由としては、都心の高額なテナント料が経営を圧迫したことが大きいとされ、ファッションブランドとしては、価格帯が高額になってしまっていたことが原因ではないかと言われています。

さらには雑誌とのコラボ等もなく、ブランドのメディアへの露出機会が少なかったことが影響したようです。

「ricori」の服に対しての顧客の意見も手厳しいもので…

『HP見たけど、全てのアイテムがダサすぎる』『リボンタイツ4,000円って高すぎでしょ』といったマイナスな意見が続出。

また閉店については、『デザイン可愛くないし、値段は高いってそりゃ売れないよ』「 『(篠田さんの)私服ダサいのに、ブランド立ち上げることに無理がある』『税金対策のためにとりあえず出店してみたんでしょ』と批判の嵐でした。

さらに、ブランドのロゴにパクリ疑惑が浮上して猛バッシングを受けたことも。

結果、悪い意味で注目を浴びた『ricori』は、篠田さんにとっての黒歴史となってしまいます。

佐々木希さんプロデュース『Cotton Cloud』

女優の佐々木希さんが、デザイナーを務めるブランド「Cotton Cloud」は2012年に突如閉店。

このことは本人の直筆のメッセージで伝えられ、

ファッションブランドを立ち上げ2年が経ちましたが、次のステップに進まなくてはいけないこの時期に芸能活動とデザイナーのお仕事の両立が難しくなりました。悲しいお知らせですが、デザイナー活動は一旦休憩させて頂きたいと思います。

と、仕事との両立がうまくいかずやむなく閉店することになったと報告していました。

しかし、その後「このブランド休止は既定路線だった」とファッションブランド関係者が語っています。

その人物によると、

「実は、今年に入って軒並み、女性向けのブランドは売り上げの苦戦が続いている。しかも佐々木さんのブランドは、もともと別のブランドの妹ブランドという位置づけで、比較的価格帯が高めに設定されていたために、売り上げも低迷。契約の更新時期に当たっていたため、ブランドの休止を決定したようです」

とその閉店の裏側を明かしてくれました。

そもそも、佐々木さんのブランドは本人のたっての希望で立ち上げたといいます。

そのため自らデザイナー役をおこなっていただけに、本人の落ち込みようは半端ではなかったそうです。

また、芸能関係者の話では、

「彼女は芸能界入りする以前は、将来はアパレル関係の仕事をするのが夢だった。それだけに、当初ブランドのキャラクターのみならず、デザイナーになった際には、かなり洋服のデザインなどをアドバイスしていたようです。彼女自身はファッションデザインを勉強していたわけではないので、正確にはアドバイザーのような立場だった」

つまり、佐々木さん一人で突っ走ってしまい周りがついていけなくなってしまったのですね。

佐々木さんが好きで、このブランドのファンだったという女性は、

「コットンクラウドさんはお店の雰囲気も落ち着いた感じでとても良かったのですが、問題は値段、実用性にあったのでしょう。ワンピースは15000〜20000円はザラにしましたし、ただのシャツで8000円という感じでした。さらには、デザインも普段から着れるようなものではなく、スタイルが良くないと着れなかったり、可愛い人でないと似合わない、またはいったいどこに来ていけばいいのか困るような品物も多かったです。閉店すると聞いて残念でしたが、やっぱりあれでは売れなかったんだな…と納得してしまいました。」

と残念そうに語っていました。

ブランドプロデュースで成功した女性タレント

先ほどは失敗例を紹介しましたが、成功して一躍人気ブランドとして成長させた女性タレントの方もいるんです!

梨花さんプロデュース「MAISON DE REEFUR」

モデルとして一世を風靡し、バラエティー番組へも引っ張りだこだったモデルでありタレントの梨花さん

一時期は「笑っていいとも!」(フジテレビ系)のレギュラーをはじめ、「週末シンデレラ 世界! 弾丸トラベラー」(日本テレビ系)でのMCや、「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)などタレント活動で注目を集めていましたよね。

とくにバラエティではいじられキャラクターとして活躍し、モデルよりもテレビでの活躍が印象的だったように思えます。

しかしその後2008年からモデル活動を本格的に再開させるためにバラエティー出演を控え、10年には結婚、翌年に出産。

この出来事からテレビへの出演は激減していきます。

そうした実情を知らない一部の人たちからは「干された芸能人」「消えた芸能人」などと取り扱われることも多かった彼女。

しかし、その裏では実業家として活躍するための準備を着々としていたといいます。

結婚後はハワイへ移住。

主にモデルとしてその憧れのライフスタイルをファンに向けて発信していたそうです。

その後2012年に、ついにライフスタイルショップ「MAISON DE REEFURを東京・代官山にオープンします。

このプロデュースブランドは大当たり!

全国展開やコスメラインを立ち上げるほどの人気のブランドとなりました。

そして2015年には、『MAISON DE REEFUR』よりもさらに品質にこだわった高額設定の新ブランドや、雑貨だけを中心に扱った『MAISON DE REEFUR KIOSQUE(メゾン ド リーファー キオスク)』を立ち上げるなどブランドの拡大にも精力的に取り組む彼女。

また運営するアパレル企業の「JUN」の経営も積極的になっており、2017年に入ってからは名古屋や博多にも進出。

カフェが併設された店舗など、ファッションブランドという枠を超えて、ライフスタイルそのものを提案するブランドとしてその展開を拡大しています。

一時はテレビから消えた梨花さん。

結婚や育児などの人生のターニングポイントが追い風となって、いまの彼女の活動そのものを成功に導いたのではないでしょうか?

まとめ

今回NMB48村瀬さんが、アパレルブランド「ANDGEEBEE(アンジービー)」のプロデューサーに就任したことで今後もアイドル界においても同じようにブランドに携わる人材が現れることが期待されます。

しかし、タレントが作ったファッションブランドは、一部に例外はあるものの、総じて人気が長続きできない例が多いこともわかりました。

はじめは好スタートを切ったとしても長続きしない。

その理由の一つとして考えられるのはタレント自身がブランドを「ビジネス」として見ていないからではないでしょうか?

つまり、「ファッションが好き」という人は数多く存在しますが、ただそのファッション好きという気持ちだけではビジネスは成り立たないと考えられます。

「自分が好きな服だけを作る」。

このような独りよがりな考えが倒産や閉店につながり、黒歴史として後世に残ってしまうのが現実です。

ファッションビジネスで成功するためには顧客や販売員も含めた多数のスタッフを支えるような経営展開を考えなければ成り立っていきません。

好きな服だけを作ることができるのは趣味の世界だけ。

村瀬さんにはこのことをぜひ頭に入れて、大きな成功を果たして欲しいと思います。

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