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【松岡修造】司会者に怒られた!今度の日めくりもやっぱり熱い!!

 
zucchi55
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毎回好評の、松岡修造の日めくりカレンダーシリーズ。

その第4弾『まいにち、新・修造!』が発売されました。

1日ひとつ、松岡修造の金言が31日分書き込まれています。

毎回その熱い内容が好評で、ベストセラーのカレンダー。

今回のカレンダーも、これまで以上に熱い金言でいっぱいです。

 

張り切りすぎ?トークイベント

 

 

松岡修造の熱い金言メッセージが人気の日めくりカレンダー。

これまで次の3つが発売されています。

  • 「まいにち、修造!」 2014年9月発売
  • 「ほめくり、修造!」 2015年9月発売
  • 「まいにち、テニス!」2017年8月発売

今回、シリーズ第4弾を発売することが決定、その発刊記念トークイベントが開かれました。

ところが、松岡修造は、張り切りすぎたのか、なんと会見が始まる30分も前に会場に現れました。

 

フライング!

 

 

これは、かなりのフライングです。

イベント開始は午後1時だったが、松岡氏は開始30分ほど前から会場に姿をみせ、ファンに対して「名前はなに?」「今日はなんで来たの?」と声をかけるなど松岡氏らしいやり方でファンを盛り上げた。しかし、本来のスタート時間が迫っても止まる気配はなし。

スポニチannex

松岡修造としては、トークイベントを盛り上げたくてしたことだったんですが、ちょっとやり過ぎです。

 

怒られた!

 

出典:AERA dot.

 

しかし、それでも粘るのが松岡修造の「ウザさ」。

司会者が何度も「そろそろ楽屋にお戻りください」とお願いするもどこ吹く風で、関係者はタジタジに。最後は何かを察した松岡氏が「(楽屋に)戻ってほしい時は戻れって言ってくださいね」と話すと、司会者は間髪入れず「戻れ」と言い放って会場を笑わせた。

スポニチannex

松岡修造、ついに怒られてしまいました!

まあ、これもパフォーマンスの一部なんでしょう。

 

第4弾も やっぱり熱い!

 

 

今回発売された『日めくり まいにち、新・修造!』も金言がたっぷり。

毎回買っている方も、まだ一度も勝ったことの無い人も楽しめる内容になっているようです。

 

いくつあるの?金言

 

 

このカレンダーに記載されている、松岡修造の金言はいくつあるのでしょう。

もちろん、日めくりなので、31個。

よく思いつくなと感心させられます。

常々、何かないかと考えているのでしょう。

いつもふざけた感じの松岡修造ですが、心に響く名言、かなりあります。

ぜひ、買ってみて下さい。

 

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松岡修造ってこんな選手だった!

 

 

熱血スポーツコメンテーターの松岡修造。

以前はトップクラスのテニスプレーヤーでした。

日本国内のみならず、海外においても日本一の実力を持つテニスプレーヤー。

現役時代から熱血漢で、常に目立ったいました。

テニスのルールは知らなくても、松岡修造は知っている、そんな選手。

世界に通用するプレーヤーが少なかった日本のテニス界。

人々の注目を集めることに一役買っていたのは、まぎれもない松岡修造です。

 

挫折を味わった選手時代

 

 

しかし、松岡修造のテニス人生は、決して順風満帆ではありませんでした。

自分よりも才能のある兄と比較され、「何をやっても兄には勝てない」というコンプレックスの塊でした。

8歳の頃に、既にテニスをしていた三歳年上の姉・敏子 を見てテニスに興味を持ち、一歳年上の兄・松岡宏泰 と共にテニスを始める。当時の松岡は身長も低く丸々と太った体型で、周囲の大人達に悪戯をして回るような腕白坊主であり、一方、兄の宏泰はそんな弟とは対照的にいつも温厚で礼儀正しい子供で、体格にも恵まれて(宏泰が高校に入学した頃は修造より20cmも身長が上であった)、テニスセンスも抜群だった為に、周囲のテニスコーチは宏泰に注目して、より高度な指導を行なっていた。当然松岡もコーチに「自分にも教えて欲しい」とせがむも、コーチから返ってくるのは「修ちゃんは、ガッツがあっていいよ。」と言った慰めの言葉程度であったという(松岡自身も後年に至るまで自身のテニスにおける素質の無さを自認しており、むしろテニスに関して自分よりも遥かに世界に通用する素質を有していたのは兄のほうであったと述懐している)。

ウィキペディア(Wikipedia)

しかし、高校生のとき、一念発起。

慶應義塾高等学校に進むも、この頃中学3年生の時に覚えた麻雀に嵌り異常なまでにのめり込むようになり、夢中に取り組んでいたテニスよりも勝敗がその場で出る麻雀にうつつを抜かす毎日が続いた(その入れ込みようは自身の指先を見るといつの間にかテニスで出来たマメが消え、麻雀で出来たタコができていた程であったという)。しかしそんなある日、ふと自分の心中で「こんなことばかりしていていいのか?」「テニスがもっと強くなりたいと思っていたんじゃないのか」「目標のないまま大学に進学し、成り行きで就職して社会人になるのか。そんな人生でいいのか」と自問することがあった。そして「このままでは自分は駄目になる。自分が本当に好きなものはテニスなんだ」という事に気付かされた松岡は、そうしたぬるま湯的環境(松岡はこれを「甘え地獄」と形容している)となっていた慶應高校での学生生活を捨て、自分自身を鍛え直す為に高校テニス界の名門校として知られていた柳川高等学校への転校を決意する。

ウィキペディア(Wikipedia)

 

挫けそうな自分を鼓舞し、叱咤激励することで、自分を律し、這い上がったのです。

いまこうして、人々に与えている金言は、かつての自分自身に向けられたものだったのです。

 

まとめ

 

 

毎回人気の松岡修造の日めくりカレンダー。

今年は、第4弾が発売されました。

その発刊記念トークイベントが、10月20日に都内で行われました。

ところが、松岡修造は、なんと開始30分前に会場に登場。

参加者相手に、勝手なおしゃべりを始めてしまいます。

これに困ったのが、会見を取り仕切っているスタッフ。

いつまでも続く、松岡修造の話にストップをかけました。

それでも話を続けようとする松岡修造。

ついに、司会者に『(楽屋に)戻れ!』と言われる羽目に!

松岡修造、怒られてしまいました。

このやり取りに、会場は大爆笑。

もちろん、これもパフォーマンスのひとつ。

やっぱり、松岡修造は、稀代のパフォーマーです。

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